2014/01/31

『ぬいぐるみの鼠』中村昌義(河出書房新社)

「あぁ」と、声にならない声が体に満ち、吹きさらしの荒野にひとり取り残されたような気分になった。

死を目前にした作家の文章はおだやかでやさしい。
そしてそのおだやかさややさしさは哀しみを誘う。
どの随筆も静かで真っ直ぐで哀しい。

すべて死に関係していたり連想させるような文章で、その中にはいつか消えてしまう儚さを持つやわらかなあたたかさがある。

ふわふわと天から舞い落ちる雪のような、またその溶け始めた輝く結晶のような、
愛おしい子供の小さな手の温もりのような、
そういう印象が残った。

本当にいい本だった。かなり好き。大事にしようと思う。

中村さんの単行本は『ぬいぐるみの鼠』と『静かな日』と『陸橋からの眺め』の3冊しかない。
他2冊も読み、日記に感想を書いているはずだが内容はあまり覚えていない。
他2冊のことを覚えていないけれど、この『ぬいぐるみの鼠』が中村さんの本の中で一番良かったように思う。
久しぶりにいいなぁと思う心に沁みる本だった。
他2冊ももう一度読み直してみたくなった。

2014/01/10

『読書画録』安野光雅(講談社)


読んだ本のイメージを絵にしているのではなく、作品もしくは作家に関係ある場所の現在の風景をスケッチしている。
たとえば、樋口一葉の『たけくらべ』には「旧吉原大門あと松葉屋の脇をながめたところ」、
表紙の絵は梶井基次郎の『檸檬』に添えられた絵で、
「京都三条と麩屋町の交わったところ、絵の左手前の方角にもと丸善があった。『檸檬』の余韻を求めてここまでやって来た人は、さぞ多かったことだろうと思う。」とある。

出不精の私は作品に登場する場所へわざわざ行きたいと思うことは滅多にない(浅草にはちょっと興味があるけど)。
だから読書感想に添える絵として場所のスケッチという発想が出てこなかった。
添えるとしたら、装丁にあるような「内容のイメージ」を描くというのしかなかった。
でも、安野さんのスケッチを見ると、こういうのもいいなと思った(まぁそれは安野さんのスケッチだからいいのだとも思うけど...)。


自分の尊敬する人の読書感想、とくに安野さんのように素晴しい画家さんの読書感想は興味がある。
どんな本を読んでどんなことを感じたのか。
期待が高かった分、この本はちょっとだけ拍子抜けした。
作品の説明で大半を占めているものが少なくない。そしてすべて3ページで収めているからさっぱりし過ぎて物足りなさを感じた。
さすがに『檸檬』は画家としての安野さんの心持ちが書かれていたけど、他は概要のような紹介のような印象がした。

それでも、読んだことのない本ばかりが紹介されていて読んでみたいと思った。

2014/01/09

読書感想:夏目漱石、太宰治、芥川龍之介


最近ipadで本を読むことが多い。
ibookの無料本で夏目漱石を数冊読んだあと太宰治と芥川龍之介を読んだ。

私は高校生の頃、太宰治の『斜陽』を読んで太宰ファンになったのだが、今読んでみるとそんなにいいと思わなかった。
今回さくっと読んだのは『富嶽百景』『恥』『グッド・バイ』『火の鳥』で、
『富嶽百景』以外はどうも気障で自己愛の塊みたいで好きどころかちょっと嫌悪感さえ感じた。高校生の頃は良かったと思っていたのに不思議なものだ。
太宰はきっと世の中や家族の血のつながりが嫌で死にたい死にたいと思っている少年少女にとってはバイブルのように思え、そういうことを通り越して生き残った大人にとってはどうも愚痴っぽくて嫌な気分になる。

対して芥川龍之介は今の方が良く感じた。
大学の卒論で宇治拾遺との絡みで『地獄変』を使ったがそれ以外の作品の記憶はあまりなかった。
適当にピックアップして『影』『おしの』『或阿呆の一生』『蜜柑』『歯車』『お富の貞操』『奉教人の死』を読んでみたのだが、どれも良かった。
『蜜柑』はおそらく高校大学あたりに読んでいたらこの良さが分からなかったんじゃないかな。ガツンとくる良さではなく、じわじわくる良さというのは大人になってからの方が分かる。
似ているタイトルで太宰の『桜桃』や梶井基次郎の『檸檬』があるが、私は当時は『檸檬』が好きだった。精神を病んでいる絵かきの男というのに自分を重ねたのだ。しかし今読んでみると断然芥川の『蜜柑』がいい。すごく短い作品だけど完成度が高いと思う。
芥川は文章がうまくて頭がいいんだなぁと気付いた。それに大人な感じがする(苦笑)。太宰は子供。
『影』も良かった。斬新なミステリーホラー。びっくりするくらいすごいなぁと感心してしまう。なんかどこかで同じようなものを読んだか見たかしたような気がするが、気のせいかもしれない。

夏目漱石は『こころ』(←これは前に感想を書いた)『三四郎』『それから』『夢十夜』を読んだ。何度も言うが、本当に夏目漱石はすごい。天才だと思う。
堅苦しくなく、生き生きとして、目の前に漱石の書くその世界があるように感じる。
人も町も今なお生きている。全然古い感じがしない。
状景描写が多いという感じがないのに、町の喧噪が聞こえ、色は鮮やかに、匂いまで香ってくる瑞々しさがある。映画を見ているような感じがある。
私はとくに『こころ』と『夢十夜』が良かった印象。今読んでいる『硝子戸の中』もいい。