2012/03/23

『アドルフ』コンスタン(大塚幸男 訳 / 岩波文庫)





 私は予備知識なく本を読むので、コンスタンという人が200年も前の人だというのも知らなかった。
 貴族の存在するヨーロッパが舞台で、口調もその頃の礼儀正しいもので、私はそういうのが好きだから読んでいて心地良かった。
 それにしても男女間の愛についてというのは年代時代を問わないものである。1800年代に書かれたものを2012年に読んでも何ら差し障りが無い。
 この小説はコンスタン自身のことらしいが、ぐちぐちとしたずるずると別れを切り出せない男の話と言ってしまう人もいるかも知れないが、私は始めから終わりまで共感できた。
 ぐちぐちずるずる、というのはリアルだ。ふつう小説はきれいごとが多い。でもこの『アドルフ』はぐちぐちずるずる迷ってコロコロと気持ちが変わって煮え切らない。
 コンスタン自身作品の中でこう書いている。
”人の感情というものは、とりとめのない複雑なものである。それは観察しにくい種々雑多な印象から成り立っているので、あまりに粗雑であまりに一般的である言葉は、それらの感情を指示するには役立っても、決して定義するには役立たない。(p26)”
”およそ人間には完全な統一というものはないので、ほとんど決して、なんびとも全く真剣であることもなければ、さりとて全く不誠実であることもない。(p34)”
 私もそう思う。これらの文章のように、そう!その通り!と共感するところが本当に多かった。
 愛情という感情はよくわからないものだとだと思う。
 あるようなないようなと揺れ動いてし駆るべきものだと思う。
 失って気付くこともある。後悔することもある。何が正しくて何が間違っているのかが決まっていない。


 作中の女性のように、本当に愛するというものに出会えたとき、生命をかけて何もかもを抛ってしまうというのもとてもよく分かる。
 だからといって、その女性の肩を持つというのではない。コンスタンの立場、この女性を捨てようとして捨てきれずにいる男の気持ちもよく分かる。


 この小説は人間の感情のみに焦点を当てたもので、風景の描写がほとんど無い。徹頭徹尾気持ちだけが書かれている。それだからこの小説はおもしろいんだと思う。小説の長さが短いのも効いてると思う。


 私は結構好きだった。また読み返してもいいなと思う。