2014/04/26

『女のいない男たち』村上春樹(文藝春秋)


信濃八太郎さんの装画が素敵。こういう質感、好き。どうやって描いているんだろう。

村上春樹さんの本を読むと、いつも、忘れそうになっていた心持ちや存在が濃く甦ってくる。
そうして、苦しくなって、せつなくなる。

Amazonのレビューでは、かなり辛口な評価もあったし、それに賛同する人もいたけれど、私はやっぱり村上さんは好き。
確かに、昔に作品と較べると、なんていうか、弱くなったような気はする。それでもやっぱり村上さんにしか書けない世界があると思うし、村上さんらしさは健在であるとも思う。

村上春樹さんの言葉は、普通に暮らすのが困難だったり、大切な人を突然失ったり、誰にも言えない心の瑕を持っていたりする孤独な人に沁み入るのではないかと思う。
そういう人が村上さんの言葉に触れると、「あぁ、わかるなあぁ」としみじみ感じ、救われるのだと思う。
つまり、ハマる人にはハマり、ダメな人にはダメという感じがする。

私はいつも村上さんの言葉に強く揺さぶられる。
心臓と胃がぎゅうーっと締め付けられる。

今回のお話も私は共感するところが多かった。
愛した人に裏切られて拒食症になり死んで行く男の気持ちも、電話で愛した人の死を聞く気持ちも、
すごく、わかる。
大切な人が突然いなくなるということ、それによる孤独、そういう心の表現が村上さんは本当にうまい。
村上さんが言葉にしてくれてはじめて自分の心の気持ちを言葉にするとそういうことなんだと気付くことができる。
たとえば、私なんかはそういう様々な感情は絵でしか表現できない。うまい言葉が見つけられない。うまい比喩も分からない。でも村上さんは言葉でそれを表現する。そして絵よりも言葉の方が誰にでも伝えられて、わかりやすい。
これほど上手に心を文章にできる人はいないと私は思う。
そしてそれが村上ワールドなのだと思う。

だから、昔より劣ったとか変わったとかいう人がいても、私はさほどそうは思わなかった。
一冊の中にひとつでも「あぁ、そのとおり」と思えるところがあれば、それはすごいことだと思う。
私が一番印象に残ったのは、愛する人を突然失った孤独はあなたの身体に深く染み込んでいく。それはまるで淡い色の絨毯にこぼれた赤ワインの染みのように、というようなくだり。その染みは時間とともに多少は薄くなっても自分が死んでしまうまで消えることはないという話。
とても、とても、よくわかる。

終えてしまうのがもったいなくて、ちびちびと読んだ。

2014/04/23

『さようなら、オレンジ』岩城けい(筑摩書房)


第29回太宰治賞受賞作。
岩城けいさん、初めて読んだ。
文章がどうこうよりも、内容が面白かった。すごくいい構成だと思った。
ずんずん読めて、あっという間に読めてしまう。

サリマ、オリーブ、ハリネズミ。
人の名前のネーミングのセンスがいい。私はキャッチコピーのセンスのないから羨ましい。
サリマはアフリカ出身、オリーブはイタリア出身、ハリネズミは日本。
サリマとハリネズミが主人公で、場所は英語圏の海沿いの小さな町。
様々な人種の人間の内面や風景景色を丁寧にしっかり描いていて、気持ちよく読めた。


2014/04/22

『瀬戸内海のスケッチ』黒島伝治作品集(山本善行 選 / サウダージ・ブックス)


この装丁を見ると現代の作家さんの本のようにみえるが、黒島伝治さんは1898年から1933年に生きた人である。
小豆島の生まれで、この作品集の中にも島の農民たちの生活を描いた作品が収められている。
壷井榮の夫、壷井繁治と同村である。

黒島伝治さんの作品は主に「農民もの」と「シベリアもの」に分けられるらしい。
この作品集には「シベリアもの」はひとつしか入っていない。
黒島さんの「シベリアもの」をこの本でもう少し読みたかった。

この本に出会うまで、私は黒島伝治という作家さんを知らなかった。この装丁は私に何となく俳句や詩の人を思い浮かばせたから、片山廣子さんのような感じかと勝手に想像していた。
しかし読んでみると全然違った。こういう作家さんをこれまで読んだことがなかったようにも思った。

自然主義らしくありのままを描いた作品で、何というか、作り物でないリアルな現実がそこにあった。
リアルな現実というのは、いじめられっこが救われたり、貧乏で醜い人間こそが善人だったり、優しさに満ち溢れていたり、しないということ。
いじめられっこはずっといじめられるし、貧乏で醜い人間こそ卑しくしたたかでいやらしい性格だったり、善人が馬鹿を見る結果になったり、貧乏人は貧乏人のままなのである。それがリアルな現実なのだ。
だから、読んでいると変な気分になる。本なのに救われず、ずっしりと現実というものがのしかかってくるのに、黒島さんの文章は重くなく、暗過ぎず、まさに装丁のごとく瀬戸内海の美しさがあるから不思議な気持ちになる。
貧しい暮らしが、報われない善人が、愛おしく感じる。

自分に嘘をつかず、見栄を張らず、自分らしく、自分に見合った場所で生きる。それが幸せというものなのだと教えてくれる。
カバー裏の絵
装丁画:nakaban

2014/04/01

『ビアズリー伝』S・ワイントラウブ(高儀 進 訳 / 中公文庫)



オーブリー・ビアズリーについて私は全くと言っていいほど何も知らなかったのでとても興味深く読んだ。

以前、フロベールの『サランボオ』の感想に『サロメ』と似ていると書いたが、この本を読んでフロベールはオスカー・ワイルドやその他にも多くの作家に影響を与えていることを知った。フロベール的というものがあることも。

オーブリーがバーン・ジョーンズやホイッスラーに影響を受けていたことも(そして知り合いだったことも)初めて知った。
私にはちっとも作風が似ていると思えないけど、初期のオーブリーは「バーン・ジョーンズ的」らしい。

それに私はオーブリーが当時世間からそんなに悪評を得ていたことも知らなかった。グロテスクで悪趣味なものと言われていたなんて。
今でこそ素晴しい才能だと誰しもが認めるところであるが、1890年代ということを考えると認めるのは難しかったのかもしれない。しかしそういう時代に新しい藝術を生み出したオーブリー・ビアズリーの才能には本当に舌を巻いてしまう。

とてもおもしろかった。