2015/09/16

伊藤整『若い詩人の肖像』講談社文庫



叔母と一緒にいる時にこの本を出して読もうとしたら、「伊藤整の代表作って何?」と問われて困ってしまった。
伊藤整の名前は有名だし、学校で習う人物なのに代表作というものが浸透していない作家であるように思う。そもそも伊藤整という人物について学校ではどのように習ったのかも覚えていない。
私が伊藤整の作品を読むのはこの本が初めてで、全くと言っていいくらいに伊藤整自身のことを知らずに読んだ。

とても興味深くおもしろかった。
少しのフィクションと架空の人物があるらしいが、ほぼ伊藤整の自伝的小説で、伊藤整の関わった多くの作家たちの繋がりがとても興味深かった。
伊藤整と同じ学校に小林多喜二がいて、伊藤整の自伝でありながら小林多喜二についても識ることができる。
同じ様に芥川龍之介や梶井基次郎や高村光太郎やその他たくさんの作家たちの一面を見ることができる。それが本当におもしろい。
他人(友人や同僚や作家たちなど)についての伊藤整の書き方は評論のような書き方で、一刀両断まっすぐな意見を述べ、作品と創作への考え方を含めた性格を前面に推した書き方をしているのが素晴しいと思う。分析するのが得意な伊藤整だからできたことだと思う。
この本の中で小林多喜二らたくさんの作家たちはみんな生きていて、その魅力を存分に振りまいている。そこがこの本の一番の魅力に感じる。

この時代の北海道の風景や生活もとても興味深かったし、その時代の文壇についても興味深かった。

伊藤整青年の性格や考え方に共感するところもあった。若い頃の、絵でどうにか有名になりたいと願っていた頃の自分と重なる部分が多々あり、読みながら「わかるな〜」と唸ってしまうようなところがいくつもあった。

明治大正文学が好きな方にはおススメの本。読んで損無しの一冊。

2015/08/31

山田稔『天野さんの傘』編集工房ノア・2015年7月発行


やっぱり山田稔さんの文章は読みやすくて好きです。
老人のエッセイという部類で考えると、庄野潤三さんよりは堅く、串田孫一さんよりはくだけた感じ。私の中では洲之内徹さんと山田稔さんは同じ匂いがします。

私は自分がじめっとしている分、からっとした男性的で、クールで、客観的な文章が好きです。
山田稔さんの文章は、「ちょうど良い塩梅」だよなぁといつも思います。
庄野潤三ほど女っぽくなく、串田孫一ほど堅くなく、長谷川四郎ほど線が細くなく、洲之内徹よりは近しい感じがし、室生犀星のような飄々としたところがあり、外国文学の良いところも感じ、エスプリとニヒルとドライのスパイスも多からず少なからずのいいバランス。

山田さんはいいとこどりの文章を書く人だと思います。
そんな山田稔さんの文章スタイルが出来上がる元となった話などが書かれていてとても興味深く読みました。

どの話も興味深く、胸に残る文章でした。

装幀も好きです。装幀は林哲夫さん。



*  *  *  *  *  *

本書に書かれていた作家や作品のメモ(追々読みたい。読んでいない人や知らなかった人など色々)


生島遼一 随筆集『鴨涯日日』『鴨涯雑記』 エッセイ集『水中花』 翻訳(フランス文學)『クレーヴの奥方』『赤と黒』『感情教育』

伊吹武彦 『ベレー横町』

黒田憲治 翻訳 ポール・アルブレ『伝記スタンダール』 ゾラ『居酒屋』

松尾尊允『中野重治訪問記』

シャーウッド・アンダスン『女になった男・卵』

クロード・モルガン『人間のしるし』
ヴェルコール『海の沈黙』
アグネス・スメドレー『女一人大地を行く』
丁玲『シャーフェイ女史の日記』
パール・バック『黙ってはいられない』

2015/05/27

北陸旅行(23 - 24 /05 /2015)


サイトの旅行ページに北陸さんぽをアップしました。

http://sachiko-yagihashi.com/recordoftrips_html/hokuriku_html



兼六園 



《ひらみぱん》のランチ。ケーク・サレ。



《ひらみぱん》でお土産に買った抹茶スコーンとパン・オ・フリュイ。
抹茶スコーンがすっごく美味しかったです。


2015/05/13

フランス旅行の記録 ②(26 /04 /2015)


連日旅行の記録をまとめる作業をしていますが、膨大な量なので時間がかかっています。

出来次第こちらにもリンクを貼っていきます。


Place de la Concorde



Musée d'Orsay



Hôtel Le Compostelle






2015/05/12

フランス旅行の記録 ①(25 /04 /2015)


連日旅行の記録をまとめる作業をしていますが、膨大な量なので時間がかかっています。

出来次第こちらにもリンクを貼っていきます。







http://sachiko-yagihashi.com/recordoftrips_html/2015_FRANCE/france1_25_04.html


http://sachiko-yagihashi.com/trip_main.html


2015/05/08

『ブルース』桜木紫乃(2014年/文藝春秋)



エロ描写が多いけど、桜木さんらしい空気感はそのまま。
こういう『繋がりのある短編小説』を書くのが桜木さんはうまい。
ひとつひとつは微妙かもしれないけど、全体の繋がりでみると「うまいなぁ」と、思う。

ひとりの男とその男に関わったたくさんの女たち。

自分も誰かの物語の一部なんだよな。


読んでいて色々な個人的なことを思い出して苦しくなって悲しくなって勝手に涙が出た。

沢山の女性と付き合ってきたセックスの巧い男性のことや、昔付き合っていた男性のことを思い出して、恋しくなって悲しくなって苦しくなって一度涙がぽろりと零れたら止まらなくなってわんわん泣けてしまった。
雪山で自殺するイメージやセーヌ川やドナウ川で身投げするイメージが離れなかった。

物語の内容にというのではなく、桜木さんの文章が醸し出す暗さや孤独感みたいなものに、私の心がすっぽりと取り込まれてしまったんだと思う。

相変らず冷たくて閑散とした世界だった。湖に浮ぶ月みたいな小説。
やっぱり桜木さんの小説は好き。私に合っていると思う。
私が描きたい世界の文章版。

この装幀は小説のイメージに合っていると思う。
こんな感じのモノクロームが似合う感じ。
人のいない駅のホームというのは内容に沿ったモチーフ。


人生の断片でありひとりの人生の記録である小説。

2015/04/23

『離陸』絲山秋子(2014年/文藝春秋)



読み初めたときは「こっちの方が桜木紫乃さんぽいな」と思った。そして少し読み進めてみると「いや、これは村上春樹さんだ」と思った。

2/3を読んだ時点で私の印象の絲山さんは少しも無かった。むしろ村上春樹さんを読んでいる錯覚にさえ陥った。

村上さんの書く《ぼく》に『離陸』の《ぼく》は非常に似ていると思う。
知的で女性にもてる(本人はそう思っていないのに)感じとか、社会との距離感とか考え方とか、女性への接し方とか、すべてが《「やれやれ」というあの村上節のぼく》に似ていると思った。
文章の感じもトーンも村上さんにそっくりだった。

私は村上春樹さんが好きで中学生からずっと読んで来た。村上さんの作品の中に出て来るような、静かで知的で孤独な人間に憧れてきた。本当に『離陸』の2/3は村上春樹さんの作品みたいでちょっと驚いた。そして村上春樹好きとしては面白くてぐんぐんと読めた。

ところが残り1/3になって、全体が散漫になる。無理矢理終らせようとする気配がある。
2/3が面白かっただけにとても残念に感じた。うまく言えないけれど、どんどんと陳腐になっていくような感じがした。
何となく勿体無いなぁと思った。

だから全体の感想がとても難しい。

2015/04/19

『それを愛とは呼ばず』桜木紫乃(幻冬舎/2015年)




何となく、これまで読んだ桜木さんの感じとは違った。
相変らず桜木さんの小説は暗いのだけど、今回のこの『それを愛とは呼ばず』はいつもにまして暗い。そして重くて、とにかく怖い。暗い、重い、怖いという小説。

これまでの暗さはそれでも澄んだ水のような感じがした。キンとした冷たさ、底が見えるほどの透明感、星の光を反射させてキラキラと揺れて輝く水面。
でも今回の暗さはずしんとくる。垂れ込めた低い雲、なま暖かくまとわりつくような空気、血や土や消毒液などのイヤな臭いがする。
それだけ桜木さんという作家がすごいということでもある。いや、本当に、すごい作家さんだと思う。
私は『氷平線』の方が好きだけれど、『それを愛とは呼ばず』はすごい作品だと思う。前半、読みはじめた時は「桜木さんぽくないなぁ。あんまり好きじゃないなぁ」と思ったけれど、後半はすごい。どんどん暗くなって重くなって怖くなる。

しかし、本当に怖い話だった。あっという間に読んでしまったのだけど、あまりの暗さと重さと怖さに、読み終えてから私の精神が悪くなってしまって動悸と目眩を起して慌てて精神安定剤を飲んだくらい。
心の弱っていないときに読むことをおススメします(苦笑)


装幀が素敵。好きです。

2015/04/17

『太宰治との七年間』堤重久(1969年/筑摩書房)


すごく面白かった。
人間太宰治を知ることが出来るおススメの本。

著者の堤重久さんは太宰の弟子であり、『正義と微笑』の中のお兄さんである。事実『正義と微笑』は堤さんの弟さんの日記を元に書かれたものだということは聞いて知っていた。でもどんな師弟関係だったのかは知らなかったので、本書はとても興味深く読むことができた。
読み始める前にまず巻頭のモノクロ写真を見て、「なんていい写真なんだろう」「太宰治ってこんなに穏やかに笑うんだ」と、感極まった。

太宰治の装丁をやる前に読めればよかった。太宰自身がどんな気持ちで作品を書いたのか、どんなことからその作品ができたのか分かっていたら装丁も違ったものになったのにと思う。
元々の太宰治の本の装丁はそれほど力の入ったものがない。それについてもこの本の中で太宰自身がこう言っている。
「おれは、不運な男でねえ。いつでも、おれの本の装幀は不出来なんだ。なにもかも、任せっきりで、注文つけないせいもあるんだがーー。この『千代女』など、ま、出来がいい方だね。装幀者が、めっぽう、力を入れてくれたらしいんでね」(p53)
へえ、そうなんだ、と、面白く思った。それから、どこに書かれていたのかさっぱり見つけられないのだけれど、何かの本の装幀を有名な誰かに描いて貰って喜んでいるというのもあったはずで、子供みたいな人だと思った。

これを読んで、太宰治という人間が普通に生きていたということに気付かされた。作品を通しての太宰ではなく、弟子の堤さんから見た、生活していた太宰治。当り前のことなのに普通の人間としての太宰治がいたのだということにハッとした。下ネタを言って酒ばかり飲んでよく喋る太宰治。根っこは作品から受ける印象の太宰だけど、喋っている生きている太宰はやっぱり作品とは違う。
苦悩の人、心を病んで自殺した太宰治、という印象が一変する太宰治の姿がこの本にはあった。
だから私はそんな太宰治に会って何だかホッとした。救われたというか安心したというか、ただただ「ああ、よかったなぁ」と何故だか安堵して、楽しく読んでいた。

ところが、最後の方になって山崎富栄さんが出て来ると、彼女と心中することを知っているから次第に楽しく読めなくなってしまった。こんなに愛すべき人なのに、子供みたいな人なのに、書くことが大好きな人なのに、何故自ら命を絶たなければならなかったのだろう、と悲しくなった。死んで欲しくないと思って読み進めることができなくなってしまった。
心と体を壊してゆく姿が苦しくて辛かった。

肺を病んで余命わずかだと思っていたというのも知らなかった。それで自殺なのか、と納得がいった。

太宰先生と堤くん。ふたりのとてもいい関係が、読んでいてとても気持ちが良かった。