2012/08/17

『楼閣に向って』池田満寿夫(角川書店)



中篇の『楼閣に向って』から始まり、短篇の4つ『震える男』『反ポルノ』『ガリヴァーの遺物』『スウィフトの恩寵』が続く。
『楼閣に向って』は、以前に読んだ『ズボンの中の雲』から抜き出された1コマの物語だった。舞台は満州だし、主人公の<少年>の家がカフェーを経営しているのも同じ。少年が性に目覚めるというのも同じ。
でも私は『ズボンの中の雲』よりこっちの方がいいと思う。少年と青年と大人の割合もいいし、全体を暗い影に覆わせたのもいい。短くまとまっていることで絵画的な良さがよく出ている。いや絵画的じゃなくて映画的という感じかもしれない。

この本の中では『震える男』が良かった。この短篇は満寿夫さんだから書けたように思う。
画を描くというのと文章を書くというのが一緒くたに表現されているように感じた。
どちらも心象を表現するものである。
たとえば「暗闇の吹雪」という形で心を表現する。この場合、文字は映像をイメージさせ、イメージから心象につながる。
一方「棺の重さが肩と腕の骨に痛いほど響いた」というのは文章自体がイメージを持っている。この場合、言葉は映像をイメージさせるのではなく、文章そのものが心を表現している。

そのようにして『震える男』では、主人公の感情や気持ちが妄想や状景によって表現されている。
人間の心というのは単純ではない。様々な思いが同時に混在する。だから支離滅裂に見える描写は主人公の心を表現するのに相応しいように思った。


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巻末にそれぞれの発表誌が載っている。
「ガリヴァーの遺物」は『思考する魚』収録とあったのだが、読んだ記憶がなかった。『思考する魚 Ⅰ・Ⅱ』の目次を見てもそういうタイトルはない。どういうことだろう? 文庫には収められていないということなのかしら(@_@)?