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室生犀星の「我が愛する詩人の伝記」にならって「我が愛する画家の肖像」を書きたいと希(こいねが)った。(中略)
はじめのプランではロートレック、ゴーギャン、セザンヌ、マチス、クレー、カンディンスキー、モンドリアン、ムンク、デ・クーニング等がリストアップされていた。しかし、今になってみると書きあげた画家はピカソ、ゴッホ、モディリアニの三人だった。
何故この三人の画家たちに限定されたのか。(中略)この三人の画家は、私が画家になろうと決意した青春時代に最初に私の心を揺り動かした画家たちだった。
ゴッホにおいては告白するものと告白される側の関係、つまりヴィンセント・ヴァン・ゴッホの終生の唯一の支援者であった弟テオとの葛藤を、モディリアニにおいては伝説の効用と青春の破滅を、ピカソにおいてはこの二十世紀最大の画家の青春の挑戦を、私なりに自分の青春と合わせて書いてみたかったのだ。
この三人の伝説的な画家たちをとらえてはなさなかったものは何だったのか、私なりに解釈しようとしたともいえる。ゴッホは信仰によって、モディリアニは愛によって、ピカソは変身によって、それぞれが信じられないスピードで絵を描いた。(中略)描きたいという本能の力が何よりも優先していた。
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あとがきより
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この本の説明として作者自身のあとがきが一番適切に思ったので引用した。
これ以上何も言うことがないというくらい、的確に言い表していると思う。
これ以上何も言うことがないというくらい、的確に言い表していると思う。
私はちょうどこの本を手にした時虚ろで上の空な状態だったせいか、気付くと何も考えずに文字を追っていたり何も頭に残らなかったりしてしまうことが度々あった。
共感したり関心を持ったりする文章が沢山あるのに関わらず、全体としてみるとひっかかりが少ないという感じだった。
私は表紙の絵であるピカソの青の時代が大好きだし、ゴッホも大好きだし、モディリアニも満寿夫さんも好きなのだから、この本に感動しないということは有り得ないはずなのである。
ほんとうはもっと感銘を受けるはずの本であると思うのに、どうしてだか、深く印象に残る強烈に心に響くものというのはなかった。
ほんとうはもっと感銘を受けるはずの本であると思うのに、どうしてだか、深く印象に残る強烈に心に響くものというのはなかった。
どうしてだろうと考えてみた。
まずひとつ、ピカソもゴッホもモディリアニもあまりに有名な画家である。だから知っていることも多い。
同じような美術評論としては、洲之内徹さんの『気まぐれ美術館』があるが、こちらは藤田嗣治や梅原龍三郎や岡鹿之助や長谷川潾二郎などである。この本で知った画家も少なくない。
知らないことを知るというのはそれだけで感動する。
つぎに、ひとつの作品について語るのではなく画家について語ろうとすると短いエッセイでは無理があるように感じる。
『気まぐれ美術館』も短いエッセイだが、こちらは画家のひとつの顔にもしくはひとつの作品に焦点を絞っている。
しかし満寿夫さんのように言いたいことが色々あると、あっちをかじりこっちをかじりで話が飛ぶから読んでいて最初はどんなことが書いてあったんだっけ?と何度もページをめくってしまう。
そういうのが積み重なって読み終わると全体として何が書かれていたのか忘れているということになる。
読んでいる瞬間目にしている文章そのものはおもしろいのに、記憶に焼き付かない。
それでも興味深い本だった。
満寿夫さんの見解は画家としての立場で書かれているのがいい。目線が違う。
まずひとつ、ピカソもゴッホもモディリアニもあまりに有名な画家である。だから知っていることも多い。
同じような美術評論としては、洲之内徹さんの『気まぐれ美術館』があるが、こちらは藤田嗣治や梅原龍三郎や岡鹿之助や長谷川潾二郎などである。この本で知った画家も少なくない。
知らないことを知るというのはそれだけで感動する。
つぎに、ひとつの作品について語るのではなく画家について語ろうとすると短いエッセイでは無理があるように感じる。
『気まぐれ美術館』も短いエッセイだが、こちらは画家のひとつの顔にもしくはひとつの作品に焦点を絞っている。
しかし満寿夫さんのように言いたいことが色々あると、あっちをかじりこっちをかじりで話が飛ぶから読んでいて最初はどんなことが書いてあったんだっけ?と何度もページをめくってしまう。
そういうのが積み重なって読み終わると全体として何が書かれていたのか忘れているということになる。
読んでいる瞬間目にしている文章そのものはおもしろいのに、記憶に焼き付かない。
それでも興味深い本だった。
満寿夫さんの見解は画家としての立場で書かれているのがいい。目線が違う。
ゴッホの絵において、正しい油絵の技法と材料のおかげで保存状態が非常に良く、そのために光輝いて見えるという話はとくに興味深かった。(そして、そのテカテカ光っている明るい色が、憂鬱で暗い絵を好んでいた当時の青年は嫌いだったという話も私もそうだったからよく分かった)。
この感想を書いていたら『気まぐれ美術館』をまた読みたくなってしまった。