壷井榮さんといえば『二十四の瞳』で、私はそれしか知らないし、しかも読んだのは小学生の時だ。
戦争の頃の小さな村の小学校の先生と生徒の話、というくらいしか覚えていないくせに、なんとなく壷井さんは照れ臭いような、今さら読むのは気が引けるような気がして、ずっと読まなかった。
この『渋谷道玄坂』には6篇の作品が収められている。最初の5つは短篇で最後の『暦』は中編である。
すべて読んでみて、壷井榮さんはいいなと思った。『二十四の瞳』を今読んだらちゃんと作品の良さが分かっただろうことも感じられた。
庶民の慎ましやかな日常、労働と生活。そういうベースがきちっとできているからこそ作品が生きてくるのだと思う。生活を描くことでその人物をいきいきと描き出している。
壷井さんの作品の中の人たちはみな素朴で愛おしい。貧しさが今の世の貧しさやとは違う。貧しさは惨めさではない。
ただただ人間を愛するという姿や、生きることをひたすらに全うしている姿が、作品のそこここに見え、心があたたかくなった。
いい本だった。