2015/04/23

『離陸』絲山秋子(2014年/文藝春秋)



読み初めたときは「こっちの方が桜木紫乃さんぽいな」と思った。そして少し読み進めてみると「いや、これは村上春樹さんだ」と思った。

2/3を読んだ時点で私の印象の絲山さんは少しも無かった。むしろ村上春樹さんを読んでいる錯覚にさえ陥った。

村上さんの書く《ぼく》に『離陸』の《ぼく》は非常に似ていると思う。
知的で女性にもてる(本人はそう思っていないのに)感じとか、社会との距離感とか考え方とか、女性への接し方とか、すべてが《「やれやれ」というあの村上節のぼく》に似ていると思った。
文章の感じもトーンも村上さんにそっくりだった。

私は村上春樹さんが好きで中学生からずっと読んで来た。村上さんの作品の中に出て来るような、静かで知的で孤独な人間に憧れてきた。本当に『離陸』の2/3は村上春樹さんの作品みたいでちょっと驚いた。そして村上春樹好きとしては面白くてぐんぐんと読めた。

ところが残り1/3になって、全体が散漫になる。無理矢理終らせようとする気配がある。
2/3が面白かっただけにとても残念に感じた。うまく言えないけれど、どんどんと陳腐になっていくような感じがした。
何となく勿体無いなぁと思った。

だから全体の感想がとても難しい。

2015/04/19

『それを愛とは呼ばず』桜木紫乃(幻冬舎/2015年)




何となく、これまで読んだ桜木さんの感じとは違った。
相変らず桜木さんの小説は暗いのだけど、今回のこの『それを愛とは呼ばず』はいつもにまして暗い。そして重くて、とにかく怖い。暗い、重い、怖いという小説。

これまでの暗さはそれでも澄んだ水のような感じがした。キンとした冷たさ、底が見えるほどの透明感、星の光を反射させてキラキラと揺れて輝く水面。
でも今回の暗さはずしんとくる。垂れ込めた低い雲、なま暖かくまとわりつくような空気、血や土や消毒液などのイヤな臭いがする。
それだけ桜木さんという作家がすごいということでもある。いや、本当に、すごい作家さんだと思う。
私は『氷平線』の方が好きだけれど、『それを愛とは呼ばず』はすごい作品だと思う。前半、読みはじめた時は「桜木さんぽくないなぁ。あんまり好きじゃないなぁ」と思ったけれど、後半はすごい。どんどん暗くなって重くなって怖くなる。

しかし、本当に怖い話だった。あっという間に読んでしまったのだけど、あまりの暗さと重さと怖さに、読み終えてから私の精神が悪くなってしまって動悸と目眩を起して慌てて精神安定剤を飲んだくらい。
心の弱っていないときに読むことをおススメします(苦笑)


装幀が素敵。好きです。

2015/04/17

『太宰治との七年間』堤重久(1969年/筑摩書房)


すごく面白かった。
人間太宰治を知ることが出来るおススメの本。

著者の堤重久さんは太宰の弟子であり、『正義と微笑』の中のお兄さんである。事実『正義と微笑』は堤さんの弟さんの日記を元に書かれたものだということは聞いて知っていた。でもどんな師弟関係だったのかは知らなかったので、本書はとても興味深く読むことができた。
読み始める前にまず巻頭のモノクロ写真を見て、「なんていい写真なんだろう」「太宰治ってこんなに穏やかに笑うんだ」と、感極まった。

太宰治の装丁をやる前に読めればよかった。太宰自身がどんな気持ちで作品を書いたのか、どんなことからその作品ができたのか分かっていたら装丁も違ったものになったのにと思う。
元々の太宰治の本の装丁はそれほど力の入ったものがない。それについてもこの本の中で太宰自身がこう言っている。
「おれは、不運な男でねえ。いつでも、おれの本の装幀は不出来なんだ。なにもかも、任せっきりで、注文つけないせいもあるんだがーー。この『千代女』など、ま、出来がいい方だね。装幀者が、めっぽう、力を入れてくれたらしいんでね」(p53)
へえ、そうなんだ、と、面白く思った。それから、どこに書かれていたのかさっぱり見つけられないのだけれど、何かの本の装幀を有名な誰かに描いて貰って喜んでいるというのもあったはずで、子供みたいな人だと思った。

これを読んで、太宰治という人間が普通に生きていたということに気付かされた。作品を通しての太宰ではなく、弟子の堤さんから見た、生活していた太宰治。当り前のことなのに普通の人間としての太宰治がいたのだということにハッとした。下ネタを言って酒ばかり飲んでよく喋る太宰治。根っこは作品から受ける印象の太宰だけど、喋っている生きている太宰はやっぱり作品とは違う。
苦悩の人、心を病んで自殺した太宰治、という印象が一変する太宰治の姿がこの本にはあった。
だから私はそんな太宰治に会って何だかホッとした。救われたというか安心したというか、ただただ「ああ、よかったなぁ」と何故だか安堵して、楽しく読んでいた。

ところが、最後の方になって山崎富栄さんが出て来ると、彼女と心中することを知っているから次第に楽しく読めなくなってしまった。こんなに愛すべき人なのに、子供みたいな人なのに、書くことが大好きな人なのに、何故自ら命を絶たなければならなかったのだろう、と悲しくなった。死んで欲しくないと思って読み進めることができなくなってしまった。
心と体を壊してゆく姿が苦しくて辛かった。

肺を病んで余命わずかだと思っていたというのも知らなかった。それで自殺なのか、と納得がいった。

太宰先生と堤くん。ふたりのとてもいい関係が、読んでいてとても気持ちが良かった。

2015/04/07

『若きピカソのたたかい』ガートルード・スタイン著(植村鷹千代訳 / 新潮社・一時間文庫)


ほとんどの文章にマーカーを引きたくなるくらい全てが興味深く全てがなるほどと思う本だった。

ただでさえ薄い本の1/3は絵画の写真なので(これがカラーだったらもっと良かった)、読み物としては短い。
それでも素晴しい本だと思う。

ピカソについてだけでなく、人種によるアートの捉え方や人種による元々の性質についてや時代とアートについて等々、様々な面で著者の考察はとても分かりやすく納得出来るものばかりだった。

特にピカソがスペイン人であることに留意しているところが私にはしっくりきた。私もピカソは実にスペイン的だと感じていたし(著者のように説明できるわけではなく直感的に「ピカソはすごくスペインぽい」と感じていた)、人種による感覚の違いというのがあると考えているので、著者の意見に納得する事ばかりだった。

作者のガートルード・スタインは自身で言っているが、文章におけるキュビストであり実際にピカソと親交のあった人物で、彼女だからこそ書けるピカソ論であるところがいい。

訳者の植村鷹千代氏があとがきで書いているが、まったくその通りだと思うので少し引用しておく。

「多量なピカソ論の中でスタイン女史のこの本はまことにユニイクな本である。(中略)ピカソの藝術を、二十世紀という世紀の現實のクリマとスペイン人としてのクリマとの一致ということの上に焦點をつけて論じているスタイン女史の論旨は大變異色のある論旨だが、この論旨はピカソ藝術が何故に二十世紀の繪畫史の上で偉大な勝利を獲得したかということ、なぜ二十世紀の繪畫がフランス人の手で典型的に創造されなかつたかということを理解する重要な鍵に触れていると思われるのである。」

おススメの1冊。

2015/04/03

今村 文 個展 『見えない庭 the Invusible Garden』


ITmedia名作文庫で田山花袋の装丁画を担当してもらっている今村文さんの個展のご案内です。
今村さんはITmedia名作文庫の装丁画に参加して欲しくてお願いした作家さんです。
田山花袋の『生』では、蜜蝋を使った作品を描いてくれました。

お近くの方、もしくはちょうど金沢に行かれる予定のある方は是非素敵な今村さんの作品を生で見てください。


今村 文 Official website → http://imamurafumi.weebly.com/





今村 文 個展
『見えない庭 the Invusible Garden』

2015年4月3日(金)〜 27日(月)10時〜17時

山鬼文庫

石川県金沢市桜町5−27
tel: 076-254-6596
金・土・日・月のみ開館(火・水・木 休)

4月3日(金)19時オープニング
オープニングトーク 19時半

在廊日 3日(金)、4日(土)、5日(日)、27日(月)

山鬼文庫は浅野川沿いに建つ町家を利用した私設図書館です。


アクセス
北陸鉄道バス
金沢駅、武蔵が辻、香林坊、兼六園下経由
90、91、92、93、94、95番
暁町下車徒歩5分

タクシー
金沢駅より10分、兼六園下より6分、東山より7分

徒歩
兼六園下より20分

駐車場3台



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ITmedia名作文庫 http://classics.itmedia.co.jp/







1904年の評論「露骨なる描写」と1907年の短編小説「蒲団」で自然主義文学をリードした田山花袋が、「平面描写論」のさらなる実践として、1908年、読売新聞に連載した自伝三部作の第一部に当たります(第二部は日本新聞に連載「妻」、第三部は毎日電報に連載した「縁」)。友人でライバルの島崎藤村が同時期に朝日新聞に「春」を連載していたこともあり、世間の注目を集めました。「生」では、明治時代前半までの田山家(作中では吉田家)の歩みと、癌を病む母の介護と死をきっかけにして、家族が再生していく様子が描かれており、老いた親との同居と介護という今日性のあるテーマが特徴的です。ITmedia 名作文庫では、『生』(易風社、1910年3月15日発行第3版)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。底本は総ルビのため、当て字を除き常用漢字のルビは削除しています。
  • 発売日
  • 価格300円