2012/07/18

『奈良飛鳥園』島村利正(新潮社)


帯にあるように、仏像写真家小川晴暘 (おがわせいよう) の生涯を書いた小説。この飛鳥園は今でも奈良にあるらしい。
私はこの本を読むまで小川晴暘という人を知らなかった。でも小川さんが撮ったという広隆寺の弥勒菩薩坐像は見たことがあった。もしかしたら学校教材に載っていたのかも知れない。


島村さんは15歳の時この飛鳥園にお世話になっているので、作中に島村さん自身も出てくる。杉村理一という名の人物がおそらく島村さん自身だと思う。
他にも山内義雄や志賀直哉に武者小路実篤なんかも出てくる。画家の曾宮一念の名前もあった。


私はとくに仏像に詳しいわけでも興味があるわけでもないけれど、この本は面白かった。中盤からぐんぐんと惹き込まれた。
口絵や挿絵としていくつもの仏像写真が載っていて、そのどれもが素晴しい。
技術的なことはよく分からないが、表情が本当に素晴しくて菩薩様を描きたくなった。
私はどちらかというとキリスト教の宗教画の方ばかりに傾倒していたけれど、小川さんの仏像写真を見て仏像も負けじと美しいのだと心から感じた。
聖母の画家と呼ばれるラファエロの描く聖母と同じように、穏やかな表情のなかに感動する美しさがある。


島村さんの文章は、この「仏像写真家、小川晴暘」という小説に合っていると思う。
島村さんの文章は柔らかく静かで水彩画のような美しさがある。そういう文章と、画家から仏像写真家となった小川さんの生涯というのはぴたりと嵌まる。
寺院や仏像が持ち携えているひっそりとした芯の強い美しさが、島村さんの文章に合っている。
逆に、島村さんの文章というのは仏像と同じような空気を醸しているとも言えるかも知れない。