2017/01/01

謹賀新年


あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。


今年の年賀状は紅梅にメジロ。
迎春の賀詞に相応しい感じにしたかったので、明るい画面のデザインにしました。
紅梅は以前『斜陽』の為に彫ったものです。メジロだけ新しく彫ってPCで合わせました。
文字は毛筆の手描きです。

2016/06/13

映画『青の炎』



蜷川幸雄監督作品『青の炎』を観ました。

10代の自分を、若い時にしかないまっすぐさを思い出しました。
若さゆえの狂気、若さゆえの憤り、若さゆえの正義、そういうものたち。
私も若い頃はそうだったのに、いつの間にか失われてしまいました。

内容は予測できているのに、最初から最後まで悲しかったです。
蜷川さんの画の見せ方と、二宮和也くんの素晴しい演技が切なくさせるのです。
ラストの、とある画に、胸を抉られて、あまりにも苦しくて精神安定剤を服用しました。
一晩経ってもその画は脳裏に焼き付いて離れず苦しいです。


私はニノの演技力をとてもかっています。彼が演じると本当にその人物が存在するような気がします。彼の存在感と『普通の子っぽさ』はアクターとしてものすごい武器だと思います。
彼が主演でなかったらこれほど良い映画にならなかったと思います。
普通さと異常さ、狂気とやさしさ、正義と不義、憎悪と愛情、相反する感情も見事に演じていて素晴らしかったです。

2016/06/04

玉置保巳『リプラールの春』(編集工房ノア)



山田稔さんや天野忠さんや庄野英二さんみたいな感じの文章でとても読みやすかった。前半に収められているヨーロッパ滞在記は私のヨーロッパ旅の場所と似ていてとても面白く読めた。

2016/05/17

目取真俊『虹の鳥』(影書房)



深夜に読みはじめ、内容の過激さに気持ち悪くなって夜が明けるまで眠れなくなった。
今まで読んだ本の中で最も残虐で暴力的だった。身の毛がよだち、血の気が引いて、読めないところが多かった。すごい作品。衝撃的な本だった。

2016/05/16

大田治子『手記』(新潮社/1967年)



興味深く一気に読んでしまった。母静子との暮らしが知れて良かった。父である太宰治のこと、その死について、自分が愛人の子供であること、治子がどんな風に考えていたか分かってとても興味深かった。

木山捷平『続編 日本の旅あちこち』(講談社文庫)

満州ものの方がサクサク読めたけれど、これはこれでそれなりに面白かった。

2016/05/15

木山捷平『長春五馬路』(講談社文庫)


これは、先に読んだ『大陸の細道』の続編のようなもの。
こちらはどんな状況でも生きていく様々な女性たちをメインに戦後の長春の生活を描いている。
引き上げ後の『苦いお茶』も読んでみたくなった。

2016/05/02

木山捷平『大陸の細道』(講談社文庫)

あっという間に読んでしまった。とても面白かった。続きとなる作品も読んでみたい。

2016/05/01

獅子文六『てんやわんや』(ちくま文庫)

ずっと読みそびれていた獅子文六さんをようやく読むことができました。
噂通り面白かったです。
主人公の性格がそのまま作品のテンポになっている感じで、この主人公の考えや行動がいちいち面白いのです。クスッとするような面白味というか、「こういう人っているよなぁ、分かる分かる!」という面白味があります。
THE娯楽という感じで本当に楽しく読めました。

主人公とその周りのキャラの濃い人々、舞台が愛媛というとちょっと『坊ちゃん』を思い出します。わざと『坊ちゃん』を思い出させるように書いたのではないかと思いました。『坊ちゃん』のコメディ。真っ直ぐでやんちゃな坊ちゃんに対し、こわがりで逃げ腰で長いものに巻かれて火中の栗は絶対に拾わない犬丸潤吉。『坊ちゃん』も主人公坊ちゃんの性格がそのまま作品となっているし、この作品が新聞小説ということもあって漱石を意識したのかなぁ、なんて思いました。

最後に掲載されている、獅子文六さんが書いた「【付録】てんやわんやの話」を読むと、獅子文六さん自身がとっても面白い人なんだなぁと分かります。目のつけどころや感じ方が多分今でいう芸人さんに近いような気がします。

装幀のイラストも好きです。ゆるっとしていて作品に合っていると思うし、こういう表紙なら若い人も手にとりやすいように感じます。

てんやわんやという言葉はこの本で改めて広まったそうです。びっくり。

2016/04/07

スティーヴ・エリクソン『ゼロヴィル』(柴田元幸訳/白水社)

読み終えてしまった。。。
エリクソンの小説はどれも面白くて、いつも終ってしまうのを惜しんでなるべく少しずつ読む。後半なんてちびちびと読み進める。
だから、まず読了後に思ったのは「あぁ、終ってしまった」というがっかりと寂しさ。
このエリクソンもとっても良かった。すごく面白かった。
映画を観ているように読むことができたし、映画のような面白さがある小説だった。

やっぱり柴田元幸さんは翻訳が巧いよなぁと改めて思った。柴田さんが翻訳しているからエリクソンは面白いのではないかと思う。
アンジェラ・カーターの『花火』を読んでいた途中でこの『ゼロヴィル』に移ったから尚更そう思った。
知らない作家や作品が柴田さんの翻訳だったら読んでみようと思えるほど私は柴田さんも好き。


物語は映画を中心とした話。
『陽のあたる場所』のモンゴメリー・クリフトとエリザベス・テイラーを剃った頭に刺青した主人公ヴィカー(Vikar)。映画に取り憑かれた映画自閉症の彼の物語。
ヴィカーとは対照的に私は全く映画に疎いけれど、何の問題もなく読むことができた。
私は『陽のあたる場所』すら観たことがないし、作中に出て来る数々の映画のうち『ある愛の詩』くらいしか観たことがないけれど、そして俳優や女優にも疎いけれど、面白く読むことができた。いつもと同じようにエリクソンの世界にすっかり呑み込まれた。

『ゼロヴィル』は、エンターテインメント性が高く、『Xのアーチ』に比べたらずっと軽やかで明るい。エリクソンの他の小説と比べて光を感じる小説だった。
エリクソンの他の小説を思い出そうとすると私の頭の中に浮ぶ画はどれも夜。けれども『ゼロヴィル』は暗闇ではなく、夜明けの白い画が浮んでくる。
シーンとしては夜や暗闇の方が多いし、内容はやっぱりいつものように現実と現実ではない世界が複雑に絡み合って、芯は深く重く、ハッピーとは言えない。現実にはあり得ない物語的な小説なのに、あまりにも現実的過ぎる。私は哀しみを感じたし、切ない気持ちにもなった。
それでも、読み終えてこの小説のことを思う時は朝の白い感じや薄い水色の空の画が浮ぶ。

兎にも角にも、とても面白い小説だった。
『陽のあたる場所』と『裁かるゝジャンヌ』くらいは観ようと思った(苦笑)



余談だけれど、読み初め、ふと「村上春樹さんが書きそうだな」と思ったりした。若かりし日の村上さんが若い頃の情熱で今の熟練さを持って書いたらこんな感じのものを書きそうだな、と。『ゼロヴィル』の特殊な断章形式だったり主人公ヴィカーのキャラクターだったりがそう思わせたのかも知れないし、村上さんの語りが翻訳小説風だからそう思ったのかも知れない。しかし読んでいくとやっぱりエリクソンでなければ書けない、エリクソンの世界があって、どうして村上さんを思い出したりしたのだろう?と不思議になるのだけど。