2012/12/27

『蜜のあはれ』室生犀星(新潮社)



『火の魚』は栃折久美子さんがとった金魚の魚拓の話であり、その本物となる『蜜のあはれ』をぜひ読んでみたいと思っていた。
一尾の魚が水平線に落下しながら燃えながら死を遂げるような絵を欲して、金魚の魚拓に辿り着くということだったから、『蜜のあはれ』の一匹の金魚の姿はイメージと違った。
ともあれイメージとは違っても、背表紙の凝った素材も題字の書も色も素敵な本。金魚の魚拓のあしらわれた函も素敵で、宝物の一冊にしたいと思える本である。

内容は想像つかないようなお話でびっくりした。
だって、金魚が人間みたいになっている話なんて誰が想像できるだろう? しかも金魚の少女は金魚であったり人間の姿になったり摩訶不思議なのである。
そしてすべてが会話というのもすごい。おぢさんと呼ばれる室生犀星と赤い金魚の会話。
でも、面白かった。
あまり考え過ぎず、ただ目の前にある物語を素直に読む。発想は突飛だけれど幻想文學というよりは現実的な日常を感じる。

読み終えて頭の中には朱色の金魚の姿がこびりついて残った。きらきらと銀色に光るぷっくりしたお腹とぬめぬめした尾びれ。ぴちぴちと跳ねるちいさなからだ。生臭い匂いまで感じた。
生命と死が小さな赤い金魚に集約されている。


「をぢさま、人を好くといふことは愉しいことでございますといふ言葉はとても派手だけれど、本物の美しさでうざうざしてゐるわね。」(p29)

「一たい何處にいのちがあるのよ、いのちの在るところを教へていただきたいわ。」
「をぢさんはをぢさんを考えてみても、いのちを知るのに理屈を感じてだめだが、金魚を見てゐると却つていのちの狀態が判る。ひねり潰せばわけもない命のあはれさを覺えるが、をぢさん自身のいのちをさぐる時には、大論文を書かなければならない面倒さがある。」(p51)

「そしてあたい、甘つたれるだけ甘つたれてゐて、何時も、をぢさまをとろとろにしてゐるの、をぢさまもそれが堪らなくお好きらしいんです。」(p114)

「嬉しくないこと、つまり惱むといふことはからだの全部にとり憑いてくるわね。」(p133)


2012/12/26

『かげろふの日記遺文』室生犀星(講談社)


とてもおもしろかった。

 ベースはもちろん藤原道綱母の『蜻蛉日記』なのだが、まったく別の物語になっている。
 知と才と美を兼ね備えた道綱母(紫苑の上)より一途な女の愛を捧げる冴野の方が目立っている。
 当然作家であるから文學の素晴しさを否定するようなことはないが、主人公は紫苑の上ではなく冴野で、まるで冴野と兼家の恋愛物語のような印象になっている。
 
 室生犀星は自分にあまり学歴のないことや、生き別れた生みの母親への思いからか、女性に対する目が他の作家とは少し違って思える。
 多くの男性作家(女性もそうかもしれない)は、知的で頭が良く美しい女性を好しとするような気がするが、室生犀星はそういう女性より、ただ甘く柔らかい愛情のかたまりのような、匂い立つ花を思わせるような女性を好んでいるように思う。女は女であるだけで美しいというのが室生犀星のように思う。


 ね、冴野。紫苑の上に私といふ人間がゐなかつたら、和歌や文章を書き綴るといふ所には、紫苑の上の心は向きあつて往かなかつたであらう、私といふ一人の男のすみずみを見渡し、それを遍くうたひ上げるために、私はその生き方を、終始、寫し出されてゐるやうなものなのだ。私の生きてゐることは彼女の文學の内材になつてゐる、私なしに彼女の文學は編まれることはなかつたであらう、私は彼女の心に養はれてゐるスズメの雛みたいな物なのだ。併し冴野よ。文學といふ奴は大した奴だ、これほどの私は紫苑の上の考へる仕事を壊さうとしても、到底、壊しきれる物ではない、紫苑の上自身が抹殺しないかぎり、數々の和歌はもはや人間のちからでは削除することの出來ない、言はばすでに天上の物でさへある。私はこのやうな女と暮すことに不倖を感じてゐる、物を書くことの恐ろしさ、そんな不必要な物を抱いてゐて、人間に憩らひがあると思ふか、偉いといふことに女の美しさがある筈はない。私のほしい物は失くなり、私に要らない物が日毎に積み重ねられてゐる。私は嘆いてそなたを得たのだ。冴野は生きてその生きを失つてゐた私に、血をくれた。その血で私のこころは塗られてゐる。(p180)


読みながら、かつての恋人が私に私は愛に生きる女だと言ったことを思い出した。兼家が冴野に語ることばはその人のことばのように思えた。
懐かしく遠い温かい記憶に寄添いながらこの本を読んだ。


2012/12/25

『或る少女の死まで』室生犀星(岩波文庫)

 

 友はこの書物をよこに置いて、 
「この間短いのを書いたから見てくれ。」とノートを見せた。
 ノートも薬が沁み込んで、ページをめくるとパッとにおいがした。私はしばらく見なかった作品を味わうようにして読んだ。

  この寂しさは何処いずくより おとずれて来るや。
  たましいの奥の奥よりか
  空とおく過ぎゆくごとく
  わが胸にありてささやくごとく
  とらえんとすれど形なし。
  ああ、われ、ひねもす坐して
  わが寂しさに触れんとはせり。
  されどかたちなきものの影をおとして
  わが胸を日に日に衰えゆかしむ。

 私はこの詩の精神にゆきわたった靈の孤独になやまされてゆく友を見た。しかも彼は一日ずつ何者かに力を掠められてゆくもののように、自分の生命の微妙な衰えを凝視しているさまが、私をしてこの友が死を否定していながら次第に肯定してゆくさまが、読み分けられて行くのであった。
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 表(注:「おもて」は友の名前)はただ享楽すればよかった。表は未来や過去を考えるよりも、目の前の女性を楽しみたかったのだ。私は表のしていたことが、表の死後、なおその犠牲者の魂をいじめ苦しめていることを考えると、人は死によってもなおそそぎつくせない贖罪のあるものだということを感じた。本人はそれでいいだろう。しかしあとに残ったものの苦しみはどうなるのだろうと、私は表の生涯の短いだけ、それほど長い生涯の人の生活だけを短い間に尽くして行ったような運命のずるさを感じた。(「性に目覚める頃」より)



引用したのは私がいちばん好きなところである。
表悼影(おもて とうえい)という友人が書いたという詩がいい。涙が出る。


あとがきの中で室生犀星はこれら初期の作品を失敗作のように恥じているが、私は好きだ。先に読んだ『火の魚』に比べて劣っているとは思えないし、純粋な分、これらの初期の作品の方が心に響くものがあるようにも思う。

幼年期の室生犀星にも青年期の室生犀星にも、もうすでに『火の魚』のいじわるじいさんのような捩じれた感情があって、それがとても興味深かった。たとえば好きな女の子の悪事をこっそり盗み見したりその子の履物を片方盗んだりして興奮するというのは、ちょっと変わっているように思う。しかしそういう感情が描かれているからこそリアルな生々しい血の流れる作品になるのだと思う。
きれいごとや現実離れした小説を私は好きになれない。
だから室生犀星の作品はいい。


 

2012/12/23

縁縁コラボ展

 

いよいよ来週の水曜日26日から、縁縁の年末年始コラボ展が始まります。

モノクロ+赤の作品3点を出品しています。
『 BALL 』『 WALK 』『 GIRL 』のいずれも紙に水彩で描いた作品です。
それぞれのGreeting Card( ¥ 400 )も販売しています。



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常設絵画も新しい作品に変わりました。


初心に戻って(?)、くすんだ色合いと質感の作品を描きました。
『 Fallen Cup 』または、覆水盆に返らず、です。
こちらもGreeting Card( ¥ 400 )があります。


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Year ends and New year
Standing artist Collaboration exhibition

2012/12/26 ( wed ) 〜 2013/01/20 ( sun ) [ 12/28 〜 01/03 close]

ギャラリーカフェバー縁縁

03-3453-4021
港区麻布十番2-8-15  1F

大江戸線麻布十番駅 7番出口
南北線麻布十番駅 4番出口
徒歩5分

水〜土 12:00〜22:00
日   12:00〜19:00
月・火曜 定休

お時間がある方、お近くにお越しの際は、ぜひお茶でもしに来て下さい。


2012/12/12

『海の匂い』芝木好子(集英社文庫)


出かけるときに家から本を持って出るのを忘れて、途中の本屋で買った。
表紙の絵がいいなぁと思って買った。久しぶりのジャケ買いである。

片山廣子さんを読んだすぐ後だったので読みやすかった。
しかも片山さんと同様(というか片山さんよりはるかに)芝木さんは死の匂いがする。

芝木さんの作品は死の匂いだけでなく朽ちていくもの、滅びるものの世界を描いている。
加えて強さと弱さと孤独。

こう書くといかにも暗そうに聞こえるけれど、決して暗い重いというのではない。静かに、ひっそりと、そういう空気が流れている。

朽ちていくものや滅びゆくもの、死や孤独、そういう題材は私自身が描く題材と共通しているので、とても読みやすかった。
「家の終り」を読んでいる時などは創作意欲が湧いた。

私は「家の終り」と「下町の空」と「有明海」がとくによかった。

2012/12/09

『燈火節』片山廣子(月曜社)









片山廣子さんは与謝野晶子と同世代の歌人であり翻訳家(筆名は松村よね子)でありエッセイストである。

室生犀星、堀辰雄、芥川龍之介と親交があり、森鴎外、坪内逍遥、上田敏、菊池寛らに高く評価された。
というように書くとだいたいどの時代の人か分かりやすい。
堀と芥川の作品の中には片山さんをモデルとした人が在ったりする。



「ある國のこよみ」というエッセイで始まる。


はじめに生まれたのは勸びの靈である、この新しい年をよろこべ!
一月  靈はまだ目がさめぬ
二月  虹を織る
三月  雨のなかに微笑する
四月  白と綠の衣を着る
五月  世界の⾭春
六月  壯嚴
七月  二つの世界にゐる
八月  色彩
九月  美を夢みる
十月  溜息する
十一月 おとろへる
十二月 眠る
ケルトの古い言ひつたへかもしれない、或るふるぼけた本の最後の頁に何のつながりもなくこの暦が載つてゐるのを讀んだのである。

このあと色についての話が続くのだが、この最初のエッセイで私のこころはぐっと掴まれた。

片山さんは歌人であるから、前半のエッセイにはいくつも歌が出てくる。
私はどちらかというと詩より短歌の方がしっくりくる。塾で中学生に国語を教えていた時も短歌は結構好きだった。おそらく短歌には色があるからだろう、色彩を通して状景や心情がすんなりと心に入ってくる気がする。
短歌がいくつも載っていてそれがとても良かった。とくに小野小町の歌を久しぶりに見てやっぱりいいなぁと思った。私は古い歌の方が好きだ。
とくに歌集を買うことはないけれど、こうして読む機会があるといいなと思う。

花の色はうつりにけりな徒にわが身世にふるながめせしまに

などはあまりに有名な一句だけれど、やっぱりいい。
ほかにも、

うたたねに戀しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき
いとせめて戀しき時はうばたまの夜の衣をかへしてぞきる

などの恋の歌もいいし、

卯の花の咲ける垣根に時ならでわが如ぞ鳴く鶯の声

などのように音を重ね心情を重ね、状景の浮かび易い歌などもいいし、
最期の句とされている

あはれなりわが身のはてや淺みどりつひには野邊の霞とおもへば

というこの歌など、なんと心に沁み入る歌だろうと思う。


短歌を読んでいて、ふっと友人のEmiちゃんを思った(THE LOWBROWSの、夏目漱石のひ孫のEmiちゃん)。
そうか、彼女のつくる歌詞は短歌と似ているのだと気付いた。私は彼女のことが、彼女の生み出す世界が、大好きである。
たとえば、『 seachin' my soul /NEO 』 の歌詞にこんなものがある

仮初めのかげろふに知らぬ間に零れた面影
幾つ薫る幻佇んで現に触れ
在りし日の余韻に刻み出す何時か奏でた欠片

彼女の言葉が音楽に乗ると、美しい音となり、命が宿る。


短歌の登場は徐々になくなり、読み終える頃には短歌のことは忘れてしまい、読み終えたときの感想は、川上弘美さんに似ていたなというのが真っ先にくる。
食べ物の話が多いところとか、とくに「燈火節」の章のあとにくる「燈火節の周邊」の章のエッセイにそう感じた。
「うちのお稲荷さん」というエッセイでお稲荷さんと会話しちゃうところなんかは何となく川上さんを思い出させる。正しく言えば川上さんが片山さんに似ているのだけど。


それから、旦那さんや子供など身近な人が早くに亡くなっているから片山さんの文章は死がまとわりついているものが多い。
生活の中の出来事を書いたエッセイであるのに、この世とあの世をつなぐ通過点のような、どこかひっそりと静かな空気が全体に満ちている。
そのせいか、この本を読んでいるとき、何かと引き替えに2日後に私が死ななければならないという夢をみた。私は死にたくないと思いながら諸々の整理をする。こころで叫び泣きながら、怖くて怖くてたまらない心持ちでいる、そういう夢を見た。

当時の人としてはかなり裕福な生活をしていた作者だから、読む人によっては鼻につくかもしれない。
私はちっとも気にならなかったし、ちゃきちゃきしたおばあちゃんという感じで楽しく読めた。


一人で生活することに倦きて慾も得もなくなり、死にたくなつて死んだのだらうと、まづそれよりほかに考えやうもなかつた。慾も得もなくなるといふ言葉は、疲れきつた時や、ひどく恐ろしい思ひをした時や、あるひはまたお湯にゆつくりはいつて好い氣持になつた時に味はふやうである。
私は先だつてその家の横の道を通つた折、棕櫚の樹のかげの應接間から、ピアノの音がきこえて来て、奇妙に悲しい氣分になつた。あの人がこんなきれいな家の人でなく、もつと貧乏なもつときうくつな生活をしてゐたら、死ななかつたらうと思つたのである。(「赤とピンクの世界」より)

(北極星は)肉眼でみるとあまり大きくはないが、静かにしづかに光つてまばたきもしない。かぎりなく遠い、かぎりなく正しい、冷たい、頼りない感じを與へながら、それでゐて、どの星よりもたのもしく、われわれに近いやうでもある。人間に毎晩よびかけて何か言つてゐる感じである。(「北極星」より)

2012/12/06

Quiet note -MAORI 5th Exhibition-


無事に昨日終了しました。
たくさんの方々に会えて楽しかったです。

今回もとても素敵な写真とアクセサリーでした。

写真では気球の写真と海とバレーボール用のようなネットの写真が最終的にはいちばん好きでした。
毎日見ていると日によっていいと思うものが変わります。
そうそう、それに、その日のお天気によってもお客様が気に入る写真が違うように感じました。たとえば、曇よりとした日よりも晴天の日の方が青のキレイなものが好きと言われる方が多かった気がします。気のせいかも知れないけれどそういうことはあるんじゃないかと思います。

気球の写真の素晴しいところは、黒がないところです。
そして淡いグラデーションと白の多さ。
絵にしても写真にしても、色があれば影があり、影があれば黒が生じます。ところが気球は黒ではなくグレーでとどめている。その何とも言えないぼんやりとした感じが空気を感じさせ、幻想的な浮遊感を与えます。
私などが撮ったらきっとわんさか浮かんでいる気球たちをカラフルにくっきりと撮ってしまうように思うのですが...。

いま私も年末年始の縁縁コラボ展に向けての制作あり日々ちょこちょこと描いていて、くすんだ感じのものがやっぱり私は好きなんだなぁと改めて思ったり、水彩を多く描いているので(とはいえ私の場合黒多めで若干くっきりめですが)とても参考になりました。


アクセサリーの方では、私は過去の商品から糸杉の写真を使ったブローチと、新作からループタイを頂戴しました。ループタイは叔母におねだりをしてお揃いで買ってもらいました。
外にも欲しいものが沢山で、ご来場のお客様もみなさん迷っていました。
これかわいい、こっちも素敵、などとショッピングに興じるのは女子ならではですが、それが楽しいのです。

私の妹と妹の同僚、叔母、高校時代の友人たち、北澤くん、来てくれて嬉しかったです。
来てくれて本当にありがとう。


カードもたくさん売れました。
特にこの気球の写真のものは早くに売り切れてしまいました。


糸杉の写真のブローチ。
会期中はベロアのジャケットに着けてみました。
どうも私はこのきれいな青が好きみたいです。




有料のラッピングもあるのでプレゼントにも最適です。
これは夏に乃木坂で開催した展示会の時のもの。たしか池に映る風景の写真だったと思います。
大きめのブローチです。私のお気に入り。


左右が違うのもMaoriちゃんのアクセサリーのポイントです。
写真が違ったり、大きさが違ったり、長さが違ったりetc.....
この青も素敵な色です。



妹が誕生日プレゼントに買ってくれたミモザのピアス。



Maori      http://maori-tone.com/




2012/11/19

Today is my Birthday



今日は私の誕生日。
旦那さんがケーキを買って早めに帰って来てくれた。
いくつになっても、誰かに誕生日を祝ってもらうのは嬉しい。

2012/11/17

妹のおなか



家族でうちに来た。
妹のおなかは前よりも大きくなった。
 

2012/11/14

第6回 studio issai 書道小品展 〜それぞれのカタチ展〜




会期:11月14日(水)〜11月18日(日)

時間:11 : 00 〜 20 : 00(最終日は16時まで)

会場:優しい予感ギャラリー
   〒141-0021 品川区上大崎 2 - 9 - 25
   03-5913-7635


叔母が出展している書の展示会。明日行けたら行こう。

2012/11/11

『火の魚』室生犀星(中央公論社)


室生犀星という名はあまりに有名である。それなのに私はこれまで室生犀星の書いたものをひとつも読んだことがなかった。
室生犀星という人は私にとって教材に出て来て知っていて当然であっても現代に読むものではないように思ってきた。
しかも何故かいつのまにか私は室生犀星をかなり古い人だと思うようになっていた。恥ずかしい話だが、昭和まで生きていないと思っていた。イメージとして坪内逍遥のちょっとあとあたりの人だと思いこんでいた。
この『火の魚』は初版昭和35年だから思っていたよりずっと最近の人でびっくりしてしまった。学生の頃覚えたことはすっかり忘れ、勝手にイメージを創って思い込んでしまうというのは私の悪いところである。

前置きが長くなってしまった。本題へ。
『火の魚』は装幀家・栃折久美子さんとの話で(作中では折見とち子)、映画やドラマにもなっているらしい。映画やドラマになるくらいだから長いのかと思ったら短篇だった。この本には他に8つの短篇が収められている。

ひとつひとつが短いからあっという間に読めてしまう。このくらいの旧仮名なら私は問題なく読める。というかほとんど新字との違いが分からないくらいに感じた。もちろん私が文学部出身で「てふてふ」に慣れているというのもあるが、室生犀星の物語が古くさくないということが大きな要因だと思う。

作中の老作家はきっと室生犀星自身なんだろうなと思った。
それで、その老作家の性格がいい。いい、というのは良い人というのではない。どちらかというと「いじわるじいさん」的な感じでいい。
じいさんと若い女の子の話というのもあんまりないものだからいい。おもしろい。
『火の魚』『衢のながれ』『朝顔』がそれで、私は『衢のながれ』も好きだけど、やっぱり『火の魚』がいちばん素晴しいと思う。毒加減もいいし、主題もはっきりしていていい。心に残る。

読んでいて感じたのは、室生犀星は『人』の作家だなぁということである。
風景描写や美しい文章や色彩に富んだ文章というのはなく、人間の表情や心持ちを細かく描くタイプの人だ。
とくに、ちょっとした仕草や顔つきや瞳などに現れる心というのを描くのが上手だと思った。
そして、人を見詰める犀星の捉え方や感じ方が、他の作家とは違っていることも印象に残った。
いじわるっぽさも、天の邪鬼っぽいところも、いいところばっかりの人間じゃないというのが人間らしくていい。人がちゃんと生きていて、生の人間という感じがする。

室生犀星、ちょっとおもしろいなぁ、イイなぁ。
『火の魚』に出てくる栃折久美子さんがとった金魚の魚拓が装丁されている『蜜のあはれ』を読んでみたくなった。


人の描写ではないが、そうだなよなぁと思ったところを私自身のメモとして抜粋。
詩だけは文學の途中でこれを發見して愛誦することが、出来ないもののように思へた。少年時代と靑年時代のつなぎあたりから、詩といふものはその人間に愛されて來るもので、少年期に詩を知らないで過ごした人間には、たとへ一流の小説家に成長しても、詩のわからない男となりょり外はなかつた。詩は文學の丁稚小僧のうちに仕込まれなかつたら、一生詩の外に抛り出された人間になるのだ。詩は嚴しく人嫌いをするののだ。(『あまい子姉弟』より)

物を眺めるのに時間をかけるといふことは、故意には出来ないものだ。物を學ぼうとする人間は、たとへ、どういう隙間からでも覗いて見る物は見てゐるものだ(玉蟲より) 

2012/11/06

MAORI 5th EXHIBITION

 



 パムッカレで出逢った 嵐の後の壮大な景色。

 水面に映る 雲、風、光。

 その景色の上をはねる 雨。


 800m上空カッパドキア、静寂をゆく 気球の旅。


 響き渡る礼拝の音をバックに眺めた エーゲ海。



 今回の舞台は、

 そんな 静かな音がひろがる世界 トルコ。



 Maori 5th Exhibition
 いよいよ 今年も、始まります。


 Maori


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 Quiet note   -MAORI 5th Exhibition-  】  

 Date:
 2012. 12.01 (土) 〜 2012.12.05 (水)

 Time:

 13:00 - 20:00  ( 最終日: 12/5 〜18:00 )

 Place: 
 さくらギャラリー
 東京都目黒区中目黒1-8-12 さくらハウスB1F
 03 - 5725 - 1088

 www.sakura-gallery.com
 


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尊敬し敬愛する友人、MAORIの個展。素敵な写真と素敵なアクセサリーが堪能できます。
私もおそらく常時会場にいます。

是非ぜひ遊びに来てください。


2012/10/31

METRO ART vol.19の投票結果



投票結果が1番でした、と連絡があった。
投票できるってことを分かった人がいたのかな?
おそらく私の旦那さんの1枚だけで1番になったんだろうな。
そんな1番だから、本来だったら買い取ってもらえるはずが見送りになった。
残念だけど絵も額も気に入ってたからまぁいいか。

2012/10/30

ART BOX 現代美術アーティストファイルⅡ



掲載されている本が届いた。
別の絵を載せればよかったなぁとかなり後悔。椅子の絵1枚にすればよかった。
人の意見に惑わされず自分を信じればよかった。

2012/10/22

妹に赤ちゃんができた

家族の食事会のために実家に帰ったら、妹が妊娠していた。もうすぐ5ヶ月。
全然知らなかった。
妹曰く、会った時にびっくりさせようと思ったというけど、かわいいかわいい妹のそんな一大事の連絡がなかったことにショックだった。
妹と私は8つも年が離れているので、たぶん年の近い姉妹とは感覚がちょっと違うと思う。姉目線というより母目線。
結婚する時もショックだったけど、赤ちゃんはさらにショックに感じる。いや、ショックじゃなくて、ものすごく心配という感じ。
だって妹は今でも本当に小さくて、そんな体で出産なんてできるのかしら?と心配になるし、頑張りやで我慢強いから無理をしてしまうんじゃないかと思ってしまうし、相変わらず考え過ぎな自分が出て来て勝手におろおろしている。
きっと私に子供がいたり、もしくは産んでもいいと思っていたら、こんなに心配性にはならないのだろうけど、私は新しい命が体の中に生まれるという感覚がどうしても受け入れられなくて恐ろしくなってしまうという人間なので、私にとって出産というのはものすごく一大事なことに思えてしまう。もちろん育てるのだって私はできない。精神的にも体力的にも普通の人みたいにはできないから。

何事もなく無事に赤ちゃんが生まれますように。

妹のお腹。ここ1週間で急に大きくなったらしい。

2012/10/13

METRO ART vol.19 @大手町 サンケイビル




昨日搬入を完了しました。

大手町駅直結とは言え千代田線からだとちょっと距離があります(昨日は大荷物を持っていたからそう感じたのかも知れないけど)。
丸ノ内線と半蔵門線の改札はすぐでした。
サンケイビル出口は[ E1 ]です。

14日(日)〜19日(金)まではメトロスクエア秋まつりも同時開催しています。
近くを通った際はちょこっと足を伸ばして来場頂けると嬉しいです。

東京サンケイビル メトロスクエア http://www.metrosquare.jp/



地下2階の入り口から入ると、右にTULLYSのショップがあり、その次に喫煙所があり、眼の前に吹き抜けの広い空間に出ます。そこがギャラリースペースです。
吹き抜けになっている地下2階と地下1階に作品が飾ってあり、
私の作品は地下1階、エスカレーターを上がってすぐのところに飾ってあります。

ブリックギャラリー http://www.metrosquare.jp/organizer/brick-gallery.html#c01


[会期]
10月14日(日)〜10月26日(金) 9:00〜18:00(最終日は15:00まで)
入場無料

[会場]
東京サンケイビル・メトロスクエア B1・B2Fブリックギャラリー


[主催]
ジャイアントマンゴー
http://claboratorys.com/

[協力]
株式会社サンケイビル

[出展アーティスト]
オカバタ / せりこ / 納庄俊匡 / 水穂真善 /八木橋幸子

2012/10/09

[改訳]『アウステルリッツ』W・G・ゼーバルト(鈴木仁子 訳/白水社 ゼーバルト・コレクション)


続けて2度読んでしまった。

そしてまた読み返したくもなっている。
それくらいこの『アウステルリッツ』は、いい。


この本は、【私】が【アウステルリッツ】の話を聞いているという形を成しているので、読んでいるうちに《本を読んでいる》というより《話を聞いている》という気分になった。

それは小説には珍しく写真がたくさん添えられていることも関係しているかも知れない。
写真は内容に準じたもので、古い時代のそれらによって、私は【私】と一緒に【アウステルリッツ】に語ってもらっているような感覚になる。

本を開いて読む時というのが、「ねぇ、お話して」と言うようなもので、普通の本を読むというのとはまるで違った。
そして読んでいるうちに、話をしている人物はアウステルリッツではなく、何故か恋人のような気分になった。
たぶん、語る口調の穏やかさや博識な話の数々や秘密、そういうものが私だけに語ってくれているような錯覚を起こさせ、ふたりだけの世界のような気分になるのだと思う。(そんな風に感じるのは私だけなのかもしれないけど.....)
そんな風だから、読み終えてしまった時はまるで恋人と別れたかのような淋しい気持ちになり、読み終えるのが厭で繰り返し読みたくなってしまう。

博識で物知りな恋人が語ってくれている気分になるくらいだから、当然この本の中のどこをとっても面白い。どこをとっても何度読んでも【アウステルリッツ】は語るのが上手く、【アウステルリッツ】の語る話は興味深い。

ゼーバルトは過去に目を向けている。
過去、廃墟、記憶、そういうものをゼーバルトは大事にしている。
そして、私もそうである。
たとえば代表作の『椅子』は廃墟に置き残された椅子で、賑やかだった家の記憶を持ってそこに居る姿だし、『冷蔵庫』も突然いなくなった家人によってどんどんと朽ちていく様を描いたものだし、私は未来よりも過去の空気という方に気持ちがある。

『アウステルリッツ』は、どの部分をとっても過去の歴史の話となっている。
そういうところも私にはすごくしっくりときた。




それから、話のつくり(テーマと展開の順序)や話の必要性が素晴しい。
Austerlitz(アウステルリッツ)が  Auschwitz(アウシュビッツ)を連想させる通り、主題はアウシュビッツに関連している。
しかしそれだけでなく、アウステルリッツの会戦や、同じ綴りのパリのAusterlitz(オーステルリッツ)駅もアウステルリッツという人物に深く関係していたりもする。
詳しく書いてしまうとこれから読む人が楽しめないのでなるべく書かないでおこうと思うが、はじめから終わりまで関連性で満ち溢れているのである。


【私】と【アウステルリッツ】はベルギーのアントワープで出会い、そこから必然性を持って、プラハやドイツ、ロンドンやパリなどの様々な土地が出てくる。
私はプラハもドイツもロンドンもパリも行ったことがあるのでなおさらこの本に惹き込まれたというのもある。

たとえば、
ライン流域を走っていると、とアウステルリッツは語った、自分がどの時代にいるのかわからなくなってくるのです。河畔の丘高くそびえる城にしても、富者の石 ( ライヘンシュタイン Reichen Stein )、名誉の巌 ( エーレンフェルス Ehrenfels城 )、鋼鉄の稜 ( シュタールエック Stahleck城 )などと奇矯でどこか嘘臭い名前がつけられていて、列車から見るかぎりではそれらが中世に遡るものなのか、つい十九世紀に産業成金によって建てられたものなのか判然としません。(中略)いずれにせよ、ライン河流域を下りながら、私は自分が人生のどの時代にいるのかを杳としてつかめなくなっていました。(p217)
チェコ領内では青息吐息で進んでいた感のある列車はここにきてにわかに信じがたいほどの軽やかさで疾走しはじめるのです。(アウステルリッツがチェコからドイツに入る場面) 
というような文章があり、私もライン河沿いに下って旅をしていた時に同じように思ったし、チェコの印象もアウステルリッツが語るのに近い感じがした。プラハは他のヨーロッパの国々とは違った。


本当に、すごく良い本だった。



2012/10/05

METRO ART vol.19 @東京サンケイビル メトロスクエア




大手町駅直結の東京サンケイビル・メトロスクエアで開催されるイベントに出品します。

テーマは彩りの秋。私は5点出品します。
F20とM15のキャンバス作品『FASHION-1』『AUTUMN』、
F8の紙に描いて秋っぽい額をあしらった『APPETITE』『TEMPTATION』『PICNIC』。

お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください。


[会期]
10月14日(月)〜10月26日(金)
9:00〜18:00(最終日は15:00まで)
入場無料

[会場]
東京サンケイビル・メトロスクエア B1・B2Fブリックギャラリー
http://www.metrosquare.jp/event/

google map > 地図はこちら

[主催]
ジャイアントマンゴー
http://claboratorys.com/

[協力]
株式会社サンケイビル

[出展アーティスト]
オカバタ / せりこ / 納庄俊匡 / 水穂真善 /八木橋幸子

2012/09/13

2012/09/02

ホテル日航東京でSPA三昧

長野から帰って来てすぐ今度はリゾートっぽくのんびりしようということでお台場のホテル日航東京へ。
ホテル日航東京には、18歳未満は利用不可な「SPA然TOKYO」というSPA施設がある。
プールとサウナが大好きなので、ワシワシ泳いで潜って外の景色を眺めながらサウナに入ってと、すごく楽しめた。
ただ、プールサイドで本を読もうと今読んでいる新品の『アウステルリッツ』を持って行ってたのだけど帰宅して見たら表紙が汚れてしまっていた。
真っ白な表紙が素敵だったのから、カバーをしておけばよかったと後悔。

SPAのメインプール

屋外にあるジャグジーからは東京タワーが見える
これは夕方の景色

東京湾には屋形船
SPAは21:30まで使える


ホテル内のレストランタロンガにてディナー
ソースバーから色々なソースを取って来てパンや野菜に付けるという趣向なのだけど
料理には既に味がついているので特に必要なかった。

アフタヌーンティー





結婚式がいくつも行なわれてそこで放たれた風船たち
この日は生憎の雨

雨が上がりの虹


ちなみに、近かったのでDiverCityで買い物をして
ついでにガンダムも見て来ました。