2012/07/09

『幻化』梅崎春生(晶文社)



装幀は駒井哲郎さん。駒井さんの作品は素敵なものが多いが、この作品もすごく素敵。好き。
私の中で駒井さんのこの作品と内容はイマイチ合致しないが、『幻化』という言葉とは合致する。
『桜島』も『幻化』も私のイメージではこういう色じゃない。第一に私はこんなに強い黒をイメージしなかった。黒だけでなく、何の色もイメージしなかった。風景の描写はあっても夏の描写があり空があり海があっても、青すらイメージできなかった。
あえて絵に喩えるならば、クロッキー用紙に描いたいくつものデッサン、そんなイメージ。
梅崎さんの作品は、風景の描写さえ感情の方に傾いてしまっているように感じた。
色をイメージするより感情という心の方に強い印象が残った。


島村さんを読んだあとに梅崎さんを読むと、梅崎さんの方がイロニーがあって尖った印象を受ける。さっぱりとしている感もある。島村さんは女々しく、梅崎さんは男っぽい。
そんなわけで、感情を描いていてもあまり胸焼けはしない。モヤモヤっと変なものが残ったりしない。その辺は『ボロ家の春秋』の " 市井もの " と呼ばれる作品と相通ずると思う。
解説では市井ものより初期の『桜島』と後期の『幻化』を高く評価していたけど、私はどっちも梅崎春生さん独自の文章だし、どっちも好きだ。
『桜島』と『幻化』とでは『桜島』の方が良かった。
蝉を握り潰すところとか、耳のない商売女とか、戦争によって心が壊れてしまった上官とか、無駄なものが何一つない素晴しい小説だと思う。