2011/07/07

『ナボコフ短篇全集Ⅰ』ウラジーミル・ナボコフ(作品社)





様々なテーマの、様々な種類の作品が収められている。
天使や神やファンタスティックなイメージが登場するものから政治的なものまでと幅広い。

テーマが色々だからどの作品も印象に残るし、どれもが面白いし素晴しい。
短篇集で、しかも35篇も収められていて、ほとんどの内容を覚えていられるというのはすごいと思う。
たいてい短篇集なんていう場合、記憶に残るものや好きなものとそうではないものがはっきり分かれるものなのに
この本はそんなことがない。本当にどの話もいい。
聞くところによると、ナボコフは短篇の方がいいなんて言う人も割といるらしい。

それにしても、いやはや、ナボコフさんはやっぱりスゴい人である。
死ぬまでに読んでおかなくてはいけない偉大な文豪のひとりだと思う。
言葉をこれほどまでに使いこなす作家はそうはいない。
翻訳でこれなのだから、原文はきっともっとスゴいのだろう。


美しい言葉で描かれた絵画。
おとぎ話的な映像を脳に浮かび上がらせるような文章の連なり。
美しい比喩が生み出す世界。
散りばめられた色彩。溢れ出す色。


紙の上にひろがる言葉によって描かれる風景に、うっかりするとすぐに気持ちよく目蓋を閉じてしまいそうになる。
閉じてしまいそうというより再読の際は1ページ読むか読まないかのうちに目蓋が下りることもあったけど。。。

劇的な起承転結によるストーリーというよりは、とある人間のとある人生の一部分の出来事を切りとったものが多い。
中には少し長めの物語として読みやすい『ラ・ベネツィアーナ』のようなものもあるが、
印象としてはどの作品も美しい風景に溶け込む死のイメージを文章にしたものばかりだった感じがする。

読んでいる時よりも読み終えてしばらくしてからのほうが内容が体に沁みてくる感じがする。
ふとした時に様々な作品の様々な場面がよみがえってくる。


どれもいいのだが、私は特に『恩恵』『クリスマス』『ロシアに届かなかった手紙』が好きだ。


最後に、素晴しい文章から成る『響き』より、好きな一節を引用。

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”ビロードの棺桶みたいなテーブルの上に載っていたアルバムを投げ出して、ぼくは君をみつめ、フーガと雨の音を聞いていた。いたるところで、棚からも、ピアノの翼からも、シャンデリアの細長いダイヤモンドからもしみ出てくるカーネーションの香りのように、さわやかな感覚がぼくの中から湧き出してきた。”

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【追記】
近く作品社から、ナボコフ短篇全集Ⅰ・Ⅱ を一冊に纏めた『ナボコフ全短篇』(¥7800 税別)が出る。
2冊を1冊にまとめただけでなく未収録の3作品も新たに収録。

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