2016/02/06

アンナ・カヴァン『氷』(山田和子訳/ちくま文庫)



初めて読んだアンナ・カヴァン。

ちくま文庫版にはクリストファー・プリーストの序文があり、本書がどんな作品かが書かれていたので、初めての私にはとてもありがたかった。
『氷』はスリップストリーム文学で、広い意味での " スリップストリーム " に適合すると考えられる作家は、アンジェラ・カーター、ポール・オースター、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、ウィリアム・S・バロウズ、村上春樹。と書かれていて、私はオースターもボルヘスも村上春樹も大好きだから、期待が持てた。解説はこれまた好きな川上弘美さんだし。

さて、読んでみて、感想を書くとなるととても難しい。
私はとても面白かった(面白いというかすんなり読めたというか読み心地が良かったというか、とにかく良かった)。
良かったけれど、すごく良かったというのでもなく、共感とか感心とかそういうものもなく、何だか不思議な作品だった。たぶん、それが魅力なんだろうとも思う。
解説で川上弘美さんが言っているが、《 読者は「私」と「少女」のみちゆきになめらかに寄り添うことだろう。どこの国ともしれぬ場所に、やすやすと連れてゆかれることだろう。抽象的なようでいながら。たいそう具体的なこの小説に伴走するように、共に疾駆すはじめることだろう 》というのはまさにぴったりな表現だと思う。
それから川上さんはこうも言っている。
《 カヴァンの小説は、序文に挙げられた「スリップストリーム」の小説よりも、ずっと「狭い」気がするのだ。 中略 カヴァンの「狭さ」は、ほかに類をみない「狭さ」なのだ。その狭い隙間に、体をするっとすべりこませたが最後、もう二度と出られなくなるような。そして出様として、さらに狭い奥へ奥へと進んでゆくと、もう入り口は全然見えなくなっていて、でもその先も見えなくて、絶望してしまうような。絶望してしまったすえに茫然とたたずんでいると、今までに感じたことのない不可思議な心地よさ、がやってくるような、つまりその絶望感はある種の官能を刺激するものであるような。 》
これまた、言い得て妙、さすがに作家さんはうまいこと言うなぁと思う。私なんかが感想を書くよりずっと分かりやすく的を得ている。

そんな小説で、そして全体の感想としては良かったのだけど、最後の1/4か1/5くらいからの十数ページはつらかった。語り手の男のころころと変わる考え方についていけなくなって、正直苛立って、投げ出したくなった。大阪弁で言うなら「なんやねん、自分(怒)」という感じ。
でもそれ以外は本当におもしろい小説だと思う。