2013/05/29

『いい子は家で』青木淳悟(新潮社)


私としてはこちらの方が『このあいだ東京でね』よりはまだ良かった。
奇抜な構成や試みが抑えられていて普通だったから私にはこちらの方が読みやすかった。

3話収録されているが、どれもどこにでもいそうな日本の家族を観察してみると、という話。


アマゾンのレビューを見ると、カフカわが愛さんが下記のように書いている。

小説が人間によって人間のためにだけ書かれるものだと思い込んでいる人にとって、この小説は「?」の塊か苦痛以外の何物でもないことになってしまうだろうけれど、それは小説が個人の悲しみや喜びを書くものだと思い込んでいるその人が悪い。きっとそういう人たちは、カフカもガルシア=マルケスも深沢七郎も読んだことがないのだろう。


小説というのは自分のサイズで判断するようなちゃちなものではなく、読者として努力してその世界に接近するものだ。こういう小説を書く人が日本にもいてくれることが僕は心からうれしい。

 一理あるというか、納得もするし、なるほどとも思う。私は「その人が悪い」というその人の方にあたる。青木さんをいいと思えない私が悪いのだろう。でも、芸術というのは人それぞれだから色んな意見があっていいと思う。
私はこういう作品よりも島村利正さんや串田孫一さんたちのように自然の美しさや静けさが漂うものや、山田稔さんのように街と人が生きている温かみのある作品の方が好きなので、私のような感覚の人には青木さんは向いていないと思う。

ちなみに私はガルシア=マルケスも深沢七郎も読んだことはないけど、きっと青木さんとは違うと思う。だってカフカと青木さんは私の感覚ではまったく違うと思うから。
でも、私が青木さんを苦手に感じるのは、もしかしたら青木さんの文章とか内容云々よりも自分も生きている時間での家族というのが舞台だからかもしれない。
同じように家族を観察した文章でも、これが明治や大正、または戦後まもなくという私がいない時代だったら好きな作品だと言うかもしれない。もしくは場所が日本ではないどこか別の国だったらいい作品だと言うかもしれない。