2010/10/07

タイトルなし

動悸が早くなる。冷や汗が出る。呼吸が荒くなる。自分がいま、現実の社会に存在しているという実感が薄れていく。ねっとりと溶けた飴のように纏わり付く空気。私のまわりに透明なガラスが存在するかのように現実は音を失っていく。
何も考えていなくて、同時にひっきりなしに何かを考えている。

私は苛立ち、凶暴な気持ちになる。破壊的で残酷な衝動に駆られる。
何も考えていなくて常に何かを思い巡らせている脳は過去へ向かう。意識が過去へ向かうと私は増々現実に馴染めなくなる。心と意識と肉体がそれぞれに私から乖離していく。自分がいまどこに居て、現実に存在しているのかはっきりとしなくなる。

次第に私の心は、恋しいという感情で埋め尽くされる。何を誰を恋しいのかはわからない。ただ恋しいという心持ちでいっぱいになる。私は恋しくて恋しくて恋しくてたまらなくなる。心が震える。心が引き千切られそうになる。涙が零れる。誰のためでも何のためでもない意味のない涙は止めどなく溢れ出る。

それまで泣いていたことさえ覚えていないみたいに不意に突然涙は止まる。心がひりひりする。凶暴な気持ちが戻ってくる。凶暴な気持ちは外部には向かわない。私の目に映る外部は私にとって何の意味も持たない。ただのジオラマであり幻影であり過去だ。私にとっての唯一の現実は私のこの意識とこの心とこの不明瞭な肉体でしかない。私の狂気は私へ向かう。私は私を消し去るしかないように思う。私は恋しいという思いから逃れたいと思う。無意味な涙を流したくないと思う。

私は死について考える。考えるのではない、普段は遠いところにある死が、突然目の前に現れて私を凝視し続けるせいで死から目を背けられなくなる。死は何も言わない。何も言わずに私は恐怖のどん底へ陥れる。私は死という恐怖に取り憑かれる。真っ暗闇の中で深いぬかるみに嵌って身動きが取れなくなってしまったみたいに絶望的で圧倒的な恐怖に支配される。じわじわとした陰鬱な心持ちになる。ホラー映画や凶悪犯罪のニュースというのではない、本物の本格的な恐怖として死は私を捕える。

私は私の大切な人々が私よりも先に死んでしまうことを考える。そんなことは私には耐えられないと思う。それを回避するためには自分が先に死んでしまうより他に道はないのだと私は結論する。しかし死の恐怖はその結論を易々と実行させてくれない。私は大切な人を失う恐怖と自分が死を受け入れる恐怖の間で煩悶する。