2012/04/14

『妙高の秋』島村利正(中公文庫)



 短篇集で、3つの私小説と3つのフィクション小説が収められている。
 私小説には島村さんが師事していた志賀直哉さんも出てくる。

 すべて良かったのだが、私は私小説の「焦土」とフィクションの「暗い銀河」が好きだった。
 どの作品も、盛り過ぎてなくて、がちゃがちゃガヤガヤしておらず、物静かで、凛とした美しさがある。いい小説だった。

 心の平静を齎してくれる本。
 ずんずんと読んでしまった。次はどうなるのかという、先へ先へという感じではなくて、気が付いたら読み終わってしまっていた。

 島村さんも野呂さん同様女性を描くのがうまい。3つのフィクションのうち「みどりの風」と「暗い銀河」の2篇が女性の主人公なのでそういう印象を持ったのかも知れない。
 島村さんの他の作品も読んでみたくなった。

 島村さんは若い頃から小説家一筋でやってきた人ではない。
 のちに小説に専念するが、ずっと繊維関係の仕事をしながら小説を書いていた。
 そうだから小説をいかにも小説という風にしないで書けるのかも知れない。奇を衒うというのがなく淡々とした目線で(しかし文章はしっとりとしている)書いているのが気持ちいい。

 河盛好蔵さんの解説の中で、島村さんの師事した滝井孝作さんのこんな言葉がある。

島村利正君の小説には、独自の色彩がある。(中略)落付いてしつとりとして、一寸古風なやうだが、古風なところが今日の流行小説にない清新な感じだと見た。これは古くさいのではない、生き生きした古風の味だ。

 私もそう思う。